福岡高等裁判所宮崎支部 事件番号不詳 判決
右被告人等に対する暴力行為等処罰に関する法律違反並びに業務妨害被告事件につき昭和二十三年七月十二日鹿児島地方裁判所の言渡した有罪判決に対し各被告人及び検事から適法控訴の申立があつたので当裁判所は検事前野重成立会の上更に審理して次の通り判決する。
主文
被告人大淵正氣を懲役六月に、被告人綿谷済美、同藤田弘、同柿内淸蔵及山之上藤一郞を各懲役参月に処する。
原審における未決勾留日数中被告人大淵正気、同綿谷淸美に対しては各二十日宛、同藤田弘に対しては十五日を右各本刑に算入する。
本裁判確定の日から被告人大淵正気に対しては弐年間、同綿谷済美、同藤田弘、同柿内淸蔵及び同山之上藤一郞に対しては各壱年間いずれも右刑の執行を猶予する。
理由
被告人大淵正気は日本共産党九州地方委員で、同党鹿児島県委員長をしているもの、同綿谷済美は肩書住居においてプリント業を営み、同党に加入しているもの、同藤田弘は元第七高等学校理科に在学していて、日本共産同盟鹿児島委員をしていたもの、同柿内淸蔵及び山之上藤一郞の両名は、鹿児島市塩屋町七〇番地に本店をおき、製材業及び木工挽物業を営むことを目的とする薩摩木工株式会社の木工職人として、働いていたものであるが右会社は昭和二十二年三月頃資本金十八万円を以て設立され、創業当時暫くの間は経営も思わしくなかつたところ、昭和二十三年一月二十四日頃森山明基が会社の社長として就任するに及び鋭意事業経営に努力したので同年三月頃まではなお赤字を生じていたがその後は業績もあがり、漸次收益を得る状態となり、同年五月初頃には会社従業員約十七名その給与月額金三万円を支出するようになつたが被告人柿内及び同山之上など右会社従業員十七名は同年五月十二日頃薩摩木工労働組合を結成し原田親俊がその組合長となり、即日これが届出をすると共に会社に対し賃金倍額増加その他十七項目に亘る要求書を提出し折衡のあげく同月十五日頃賃金値上以外の点については両者間に妥結をみたが、賃金値上問題については会社側がその要求を容れなかつたので、ついに組合側は同月十六日頃ストライキを宣言しその後も引き続き賃金増額要求を繰り返し折衡を重ねた末同月二十四日頃には結局讓歩して、一人につき日給二十円を増額を極力主張したが、会社側においては一人当りの日給十五円の増額は容認するがそれ以上の増額は経理面からして不可能であるとして固く讓らず、両者間の交渉は最後の段階にのぞんでついに決裂するに至つたので、組合側はその要求を貫徹するため同日会社側に対し工場施設、事務所、帳簿等の引渡を要求するとともに生産はもとより事務や経営等もすべて組合側の名において管理する旨を議決し同月二十五日頃その旨の宣言書を会社側に手交し、且つ宣言の趣旨は明らかに会社の意思に反するものであることを熟知しながら、同月二十六日頃の夜にかけて工場その他事業場の施設等全部を奪取し翌二十七日から生産管理の名目の下に一切会社側の指揮命令を排除して、その業務の運営を自らの手で図ろうと企てたのである。そして被告人大淵は同労働組合員でないのにかかわらず、同月十四日頃から原田組合長の委嘱に基いて右争議に参加し、終始これを指導し、同綿谷及び同藤田も同労働組合員でないのにかかわらず、同月二十六日頃から会社木工場の一角に設けられていた鬪争本部において、工場内の機械、設備等が会社側から奪取せられないように警戒して右争議の応援をしていたものであるが
第一、被告人柿内及び同山之上両名は
同月二十七日午前八時頃、日頃職場としていた会社木工場において前記の議決に基き会社所有の自動鉋盤を使用して作業に従事しようとしたところ、これに取付けてあつたベルトが会社側から取り外されていてその使用ができなかつたため、たまたま同年二月頃から全然使用されたことのない帯鋸機に取り付けてあつた会社所有のベルトが目についたので、その一つを切断して自動鉋盤に取り付けようと謀議し、よつて被告人山之内において右帯鋸用ベルトを二つに切断しよつて両名共同して右ベルトを損壊し
第二、被告人大淵、同綿谷及び同藤田は
同会社々長森山明基が、被告人柿内及び同山之上両名から前記切断したベルトを取り戻しこれを携えて会社事務所の方に立ち去ろうとしたのを見るやこれを奪い還そうと、互に意思を連絡し直ぐ同社長の跡を追いかけ、先づ被告人大淵において会社事務所の入口附近で同社長の背後から両手を以つて同人の腰部に抱きつき被告人綿谷も亦同社長に抱きつくと同時に被告人藤田と共に同社長が持ついたベルトを掴み、これを取り戻そうとして引張り合いよつて共同して同人に対し暴行を加え
たものである。
(証拠説明省略)
弁護人は被告等の本件所為は合法的な生産管理の下になされたものであるから、旧労働組合法第一条第二項により刑法第三五条の規定の適用を受け処罰さるべきものではないと主張する。よつて審按すれば、憲法第二八条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」とあり旧労働組合法第一条は「本法は団結権の保障及び団体交渉権の保護助成により、労働者の地位の向上を図り経済の興隆に寄与することを以つて目的とする。刑法第三五条の規定は労働組合の団体交渉その他の行為にして、前項に掲ぐる目的を達成するためなした正当なるものにつき適用あるものとする」と規定してあるが旧労働組合法は憲法施行前に制定されたものであるから昭和二十四年六月十日から施行された現行労働組合法第一条に於いては「この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し団結することを擁護すること、並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする刑法(明治四〇年法律第四五号)第三五条の規定は労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても暴力の行使は労働組合の正当な行為と解釈されてはならない」と労働組合法の目的を具体的に規定し憲法第二八条の根本精神の具体化を図つている。而して憲法第二九条は「財産権はこれを侵してはならない。財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを定める。私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる」と規定されている。それで前記の各規定を彼此照し合せて考えてみれば憲法第二八条において労働者の基本的人権として保障された所謂労働争議権と同法第二十九条及び民法、商法などその一連の法令により保障されている財産私有と自由の原則、従つて企業者乃至使用者の財産権乃至経営権の基本権とは対等なものとして取り扱われ、相互に不法に侵犯することのないように調和がとられなければならない故に争議としての生産管理も、法益権衡は法則に従い、労働法の精神に基礎をおき労資対等の地位においてそれぞれの基本権を相互に尊重することを要請されねばならない。元来、争議行為としての生産管理は労働協約又は法律の規定に基く所謂組合管理又は経営参加とは異つて一団の労働者が労働条件の維持改善を目的として一時使用者の指揮命令を排除し生産事務乃至は経営を自ら行うものであるからその合法性乃至は正当性を認容するについても一定の限度がなければならない。即ち労働組合が自己の目的貫徹のために、使用者の意思に反しその指揮命令を排除して工場その他事業の建物施設を奪取し、組合自らその経営主体となつて生産事務乃至は経営を実施するような場合は明らかに合法性の限度を超え前段説明の要請にそわない違法的生産管理であつて正当な争議行為ということはできない、今本件についてこれを観れば前記認定のように本件薩摩木工労働組合は昭和二十二年五月十二日頃薩摩木工株式会社に対し賃金倍額増加その他一七項目に亙る要求をし一六項目までは容易に認容せられたが賃金増額の点に至り会社側も相当な讓歩をしたにかかわらず組合側の態度また強硬であつたためついに会社側の容るゝところとならず両者間の交渉は決裂するに至つたので組合側は同月二四日頃組合員でない、被告人大淵の指導の下に会社側に対し工場施設、事務所及び帳簿類の引渡を要求すること事務生産及び経営等はすべて組合の名において管理する旨を議決し、同月二十五日頃その旨宣言書を会社側に手交し、同月二十六日頃組合員でない共産党員の被告人大淵、同錦谷及び同藤田の指揮応援の下に判示工場その他の施設類全部を奪取し同月二十七日生産管理の名の下に業務運営の実行にうつつたものであるから、これら争議の実情に照すと本件の生産管理は前説示のように生産管理の本件に反し違法であると断ぜざるを得ない。然るにかような違法な生産管理中において被告人柿内及び同山之上両名は共同して会社木工場の帯鋸機に取り付けてあつた会社所有のベルトを切断し、また被告人大淵、同綿谷及び同藤田の三名は同会社社長森山明基が右切断されたベルトを携えていたのを見て、これを奪い還すために三名共同して、同社長に暴行を加えたものであるから被告人等の本件所為は、いずれも判示労働組合の企図した生産管理の目的を達するためにした正当な行為であると解釈することはできないのである。
従つて、被告人等が旧労働組合法第一条第一項による刑法第三十五条の適用を受けないことは言を俟たないところである。
よつて弁護人の主張は採用しない、
法律に照せば、被告人柿内及び同山之上の判示所為は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項刑法第二六一条に、被告人大淵、同綿谷及び同藤田の判示所為は前記法律第一条第一項刑法第二〇八条に各該当するからいずれも定めてある刑のうち懲役刑を選び、その刑期範囲内において被告人等に対し主文第一項掲記の刑を量定処断し同法第二十一条により被告人大淵、同錦谷及び同藤田に対し未決勾留日数中それぞれ主文第二項掲記の日数を右本刑に算入し被告人全部に対し情状刑の執行を猶予するを相当と認め同法第二十五条により本裁判確定の日から被告人大淵に対しては弐年間同錦谷、同藤田、同柿内及び同山之上に対しては各壱年間いずれも右刑の執行を猶予する。
なお本件公訴事実中被告人柿内及び同山之上は昭和二十三年五月二十七日午前八時頃薩摩木工株式会社において社長森山明基その他係員が執務をし、且つ工場長として下玉利正一を雇入れ作業を開始しようとした際、団体の威力を示して同会社帯鋸機に取り付けてあつたベルトを切断し帯鋸機の使用を不可能にして業務の妨害をしたとの事実については当審証人立山正治や原審証人穗積信行の証言によると本件帯鋸機やそれに取り付けてあつた判示ベルトは昭和二二年中一回使用したきりでその後全然使用されたことなく、また当時の判示木工場の設備や右帯鋸機の機能からみて会社ではこれを事業上に使用する必要もその意思も全く無かつたので、そのベルトは本件争議後他に売却されたような事情であつて、本件切断当時会社の業務上には既に不用となつていたことが認められる。さすれば右被告人等のベルト切断行為は、判示会社の業務に関し現実に支障を生ぜしめたものでないことは勿論のことかような支障を生ぜしめる危険な状態を作出したものとも認められないのである。しかも判示認定のように自動鉋盤は、会社側においてそれに備附の判示ベルトを取り外したため本件ベルトを切断したのであるから同人等に右切断により判示会社の業務を妨害する意思があつたとは、しよせん認めることはできない。結局右業務妨害の事実については犯罪の証明が十分でないから無罪の言渡をすべきところ右事実は判示認定の事実と一所為数法の関係にあるものとして起訴せられたものと認めるから特に主文において無罪の言渡をしない。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 白石〓 判事 竹中義郞 判事 山下辰吉)